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つながりのお話No.2

前回は親子のつながりで私が子としての立場から、感じた事を
お話しましたけど、今日は私が親として又は育てる側としてなら、
どのような存在が理想的なのか、考えました。

昔も今も変わらないのでしょうけど、成長していく子供に
親は物(お金も含めて)を与えることによってお互いの「愛」を
つなぎとめようとしがちです。
でも、年齢と共に必要がなくなる「物」より、
どうせなら一生心に残るものの方がいいですね。

それなら「経験」をプレゼントしてはどうでしょう。
小さい頃は自分1人では出来ない事、又は、知らない(知りたい)事が
沢山ありました。それらを解決する手助けをしてあげたい。
そうすれば、個性を見つけて伸すことが出来るし、
また、お互いのつながりを深め合うことも出来ます。

家族の中ですら、一時的集団として「人生」を学ぶ可能性を持っています。
尊敬される親としてではなく、一番身近な友達になることを目標にして、
惜しみなく関わる時間とその場を作ろう。たとえどんな大きな仕事と比べても
これを最優先で。私の世代からはそういう方針に変更するつもりです。

つながりについてNo.1

私は実家から離れて暮らしています。
小さい頃は、40歳以上も離れた父親と意見の違いから
お互い会話する事を避けるようになっていました。

その後、歳月を経て自然にコミュニケーションが回復されて
きましたが、それは私が世間の知識や常識を人並みに
持ちはじめたと同時に、私の父に対する見方が変わってきたという事も
一つのきっかけかもしれません。
親子という関係を一度取り除き、1人の人間として眺めてみたのです。

戦争の最中9人兄弟の次男として生まれた日から
彼がどのような苦難を乗り越えてきたのか?
さらに時計の針を戻して、彼がまだ私と同じ年齢だった頃、
どのような状況の中で仕事をし、どんな事に楽しみ学んできたのか?
当時はどのような事に興味を持っていたのでしょうか…。

今では昔の私の記憶にある威厳ある像はなくなり、
実際の年齢よりもかなり若く見える父にも
兄の孫が2人に増えて、すっかり「おじいちゃん」役が板につきました。

今現在の私も含め、生まれ育った環境から遠く離れた場所で
暮らしている方も、家族という鎖の中のひとつの1要素だ
という事には変わりありません。

家系図に『生きた証』だけが残る前に、親子として
巡り合った以上、「あのとき~だったんだよ」と当時の修正も含め
改めて色んな会話をしてみる必要があるでしょうね。