自然について~前編~

大変お久しぶりです。
しばらくの空白を頂き、公式サイト内のエッセイを
こちらへリニューアルしました。
今日が4ヶ月ぶりの更新になってしまいましたが、
今後も気ままにおつきあい頂ければと存じます。

では早速今日も、ひとつの事柄について考えてみたいと思います。

最近では、仕事上で、生花を使用した演出の仕事を請け負ったり
また花を扱う職業の方々にお会いする機会が増えてきました。
どの方も爽やかで明るく、また奥深い何かをお持ちの方々で、
花に例えられる、またはそれ以上の華やかな気分をいつも頂いています。

ところで、今迄の私は作品の演出シーンや教材作品に
ドライフラワーやブリザーブドフラワーを使用してきましたが、
生花は殆ど仕事上でもプライベートでも使用していません。
それは、偶然ではなく意図するもので、極力そのように努めてきました。

その理由は複雑な内容なのですが、簡単に述べると
「あらゆる自然は黄金分割※されていて、それ独自に完結された美を持つ。
人工表現はそれを目標としていながらも違う分野のライバルであり、
大きく見れば同じ世界の共存体にもなります。
その大切な存在の成長を止めて、創作にわたる人工表現に使用するのは
如何なものだろうか…」という、個人的に持つ未解決な問いです。

ただ、各国然り日本にも様々な伝統的な華道やアレンジメントがあり、
多くの方々が植物に魅了され、仕事やプライベートで使用されています。
そこで、上記のような、私の問いを解く為に、また扱う側の見方を知ろうと、
あるヨーロッパのフラワーアーティストから出された
独習書(上下巻)を手に取りました……

……と、ここまできましたら、少し長くなってしまいましたので、
次回、こちらの本から得たお話の続きをしたいと思います。


※黄金分割に関する参考サイトと書籍
サイトはまぐりの数学『黄金分割を人は何故美しいと思うのか』 頁
書籍「画面構成~セザンヌから北斎まで~」岩中徳次郎著/岩崎美術社

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