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ハンサムな彼

(今回のお話は前回の片腕の続きをします) 今迄5年もの間親しんでいた片腕に、突然の別れを告げられ、 私自身も暫くは「固まっていた」状態でした。 でも、辛いさよならがあった後は、今迄以上にステキな出会いを 求めようとするでしょう? 「動けばそれでいい…」「どうせ買うならハンサムで最強のもの…」 という相反する理念を筆頭にして、私はどんなブランドにもこだわらず 手当たり次第、情報収集しました。 結果、今ここにあるコンピューターはやはりApple社のPower Mac G4。 このスーパーコンピューターの性能を持つベロシティエンジンの搭載と、 優秀で慣れ親しんだMac OS、光学式マウス(光センサーで探知する為、 ボールが入っていない)、クリスタルグレーの落ち着いたボディーデザイン等… 長所をこれ以上上げれば、Windowsユーザーから非難されるかしら。 私にとって今後発展するかどうか分からないような(幅広く)設備を増設したハード は必要なく、あくまで性能とそのスタイル/コンセプトに重点を置いて選びました。 ただ、気に入った道具を手に入れただけでは、「彼」は生きてきません。 私自身がその性能を熟知して、自分が強く抱くイメージとそれを実現する技術が なければ、「彼」は何の威力も発揮しないでしょう。 (意思を持つ)人の手によってのみ彼は目を覚まし活躍してくれます。 これからは、この新しい「彼」が、より私らしいサイト作りに貢献するでしょう。

さよならも言えずに、逝ってしまった…

私には5年程連れ添った片腕がいました。 今までは私の助っ人として、製図、Tシャツ、ポストカード、カタログ制作、 そして何よりこのHPページの制作をこなしてくれました。 今現在の他の有能な弟達に比べ、「不器用で」「のんびり屋さん」でしょうけど、 私にはとても有効で大切な存在。それは、Power Macintosh/7500。 今年になって段々と老化が進み始めましたが、私はこのMacintoshだけを 見つめてきました。その日迄は……。 2ヶ月程前のキャンドル制作をしていたある日、遠くの方にいたMacが 突然起動し始めたり、起動時の音を発しながらスリープするようになりました。 とうとう幽霊様に取り付かれてしまったかな?と思いましたけど。 その原因は結局、5年程で寿命になる内蔵電池が切れたという事。 ホッと安心、また再び「元気」になってくれるとばかり信じていたのに…。 でも新しい電池の入れ替えと同時に、助っ人はポックリ逝ってしまいました。 さよなら(バックアップを兼ねて…)も言えずに…。 コンピューターを愛用しているユーザーやその関連雑誌の記事の多くは よく擬人化した表現をしますが、私はいつもそれに対し違和感を感じていました。 指令塔に従順(?)な道具でしかありませんから…。 極端に言えば反物欲主義者な私でもこの時だけは悲しかった… あらゆる場面でこの道具は必要でしたし、ある意味、人間以上に私の大切な 片腕でしたから、まだまだこれからもっと活躍して貰いたかった。 改めて、今までご苦労様、そして永遠にお休みなさい。

鉛筆立て

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今回は、私が制作し愛用している鉛筆立てを紹介します。 かなり前に2年間程探していましたが、 なかなか気に入るものがありませんでした。 それで、アトリエにある余り木で制作する事に。 デザインは30分。プレーンでフラットなベースに、 サイドを少し斜めにして、フォルムに少し味をつけます。 カットという一番面倒な事は製図を書いて専門店へ。 家具職人のプロではないので、全て自分の手で 作ろうという勢いなどはありません。 出来ない事や、家にない道具が必要なデザインには、 決してデザインの方を曲げずに依頼します。 自分のイメージを大切に、無理なく直ぐに完成させる という事が、私流。 筆記用具やそれ以外の沢山の道具が、今ではこの鉛筆立てに 並んで、自らの出番を待っています。

つながりのお話No.2

前回は親子のつながりで私が子としての立場から、感じた事を お話しましたけど、今日は私が親として又は育てる側としてなら、 どのような存在が理想的なのか、考えました。 昔も今も変わらないのでしょうけど、成長していく子供に 親は物(お金も含めて)を与えることによってお互いの「愛」を つなぎとめようとしがちです。 でも、年齢と共に必要がなくなる「物」より、 どうせなら一生心に残るものの方がいいですね。 それなら「経験」をプレゼントしてはどうでしょう。 小さい頃は自分1人では出来ない事、又は、知らない(知りたい)事が 沢山ありました。それらを解決する手助けをしてあげたい。 そうすれば、個性を見つけて伸すことが出来るし、 また、お互いのつながりを深め合うことも出来ます。 家族の中ですら、一時的集団として「人生」を学ぶ可能性を持っています。 尊敬される親としてではなく、一番身近な友達になることを目標にして、 惜しみなく関わる時間とその場を作ろう。たとえどんな大きな仕事と比べても これを最優先で。私の世代からはそういう方針に変更するつもりです。

つながりについてNo.1

私は実家から離れて暮らしています。 小さい頃は、40歳以上も離れた父親と意見の違いから お互い会話する事を避けるようになっていました。 その後、歳月を経て自然にコミュニケーションが回復されて きましたが、それは私が世間の知識や常識を人並みに 持ちはじめたと同時に、私の父に対する見方が変わってきたという事も 一つのきっかけかもしれません。 親子という関係を一度取り除き、1人の人間として眺めてみたのです。 戦争の最中9人兄弟の次男として生まれた日から 彼がどのような苦難を乗り越えてきたのか? さらに時計の針を戻して、彼がまだ私と同じ年齢だった頃、 どのような状況の中で仕事をし、どんな事に楽しみ学んできたのか? 当時はどのような事に興味を持っていたのでしょうか…。 今では昔の私の記憶にある威厳ある像はなくなり、 実際の年齢よりもかなり若く見える父にも 兄の孫が2人に増えて、すっかり「おじいちゃん」役が板につきました。 今現在の私も含め、生まれ育った環境から遠く離れた場所で 暮らしている方も、家族という鎖の中のひとつの1要素だ という事には変わりありません。 家系図に『生きた証』だけが残る前に、親子として 巡り合った以上、「あのとき~だったんだよ」と当時の修正も含め 改めて色んな会話をしてみる必要があるでしょうね。

シンプルな休息

今月に入ってから、大きな仕事に掛かり詰めになっていましたが、 やっと一段落を付けた時に、古本屋へ立ち寄ってみました。 お目当ての本がある訳ではないのですが、今まで忙しかった 私の体中の古い空気を入れ替えたいという目的で。 背表紙越しからいろいろなタイトルを眺めるだけでも、 ちょっとした楽しい一時です。ジーッと眺めていた甲斐があり、 とても有意義な本を手にする事が出来ました。 今は、物質至上主義、成功至上主義の時代。仕事本位で、 毎日がせわしく服を着替えて、食べ物を流し込み倒れるように眠り、 そしてまた翌朝には、仕事へ駆け出すという繰り返しの日々… そんな方々も多いのではないでしょうか。息つく暇もない このような日々の中で、リフレッシュする休息はどんな方法? ■「テレビを見ること」 (他人やフィクションを傍観するのではなく、その間でも自分の 人生を充実させる事が出来ます。さあ、スイッチを切ってみて) ■「ショッピングをすること」 (心の空洞を物で埋めようとするのはいつ迄続くの? 可能なら自分で作ってみてはどうでしょう、たとえ、見栄えが 安っぽく仕上がっても、世界でたった一つしかありません) ■「みっちりプランを立てた観光やパークへ行く」 (遊ぶ時まで、マニュアル化された仕事のよう… 『しなければいけない』ではなく、 『したい』という気持ちに身を任せてみては?) ■「高級レストランへ行く」 (お部屋を上手く演出し、頑張って手料理するのも 価値があるのではないでしょうか?キャンドルを幾つか灯せば、 散らかっているものや汚れているものも見えず、 簡単にムードが出せます)休息(大切な時間や自分を見つめ 直す時間)は、週末の2日間に限らず、平日にもつくれます。 今までの行動パターンや考え方を少しずつ変更し、それに伴って 自分の身近な場所(お部屋)も安らげる空間に変えてゆきたい。 (どんなスタイルだって構いません、自分だけの空間 なのですから。大丈夫、警察が逮捕しに来ませんから) それはお金をかけず、今「あるもの」や知っていること (今まで学んだ知識や望んでいる事)を振り返って もう一度大切にしてみる事もヒントになるでしょう。 そんな素敵な発想を今、手にしているこの本「スイートな生活」 (安...

友人の結婚式での祝辞

最近、友人の結婚式で、祝辞を頼まれました。 彼女と私は十数年来の友人ですが、その式の中で初めて 出会った当時の頃を思い出しました。 小学校4年生の頃、お互い違うクラスでしたが、 人とは違った何か個性的で輝いていた彼女を、私はいつも 遠くから「友達になりたいなぁ」と好意を持っていました。 そして勇気を出して、私から話し掛けた時、 まさか今日迄、関係が続くとは夢にも思わず…。 親しく友人になった時から、学校へ登校する時も下校する時も 始終一緒で、1日でも彼女と会えない日はとても寂しく 授業までもつまらなかったのです。 時には土手で寝転んで星空を眺めながら、時間の経つ事も忘れて、 将来の多くの夢を語り合いました。 また彼女の部屋には、沢山の興味深い書物と、 彼女自身が制作した作品群が所狭しと並べられていました。 それらは全て内面を磨くものと同時に、 より適した「彼女の居場所」の1要素と化していました。 そんな彼女が私には(友人として)ときどき寂しく 閉鎖的にも感じられましたが、物事に対して追求する姿勢や、 求心してゆく事がとても楽しい事だと、 やがて私も知るようになりました。 自分がありのままの自分らしい「個」を見つけ出す必要性を 本来、学校で学ぶべき事を、彼女から学んでいったのです。 これはあくまで、小学校での彼女とのやり取りですが、 その後もずっとお互いの見えない答えを探し合う友として 必要な存在でした。 そんな友人が結婚してしまうのは、 大切なものを奪われてしまった親のような心境。 その時の祝辞は私にしか言えない、 彼女から学んだ全ての事をお祝いの言葉とかえさせて頂いて…。