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先日、映画館の帰路で目に止まった、「包むファクトリー渋谷本店」。 ガラス張りの店頭のディスプレイには、「包装」には関係のない雑貨までも、 所狭しにぎっしりと陳列されており、10代をターゲットにしたような ファンシー感があります。 普段、私はあまり雑貨ショップには、入らないようにしています。 多くのショップは、雑貨を文字通り「雑」に扱った陳列が多く感じられ、 特に作家による手作り作品も同等に扱われ、埃を被っていたり、 傷付いたまま(特にキャンドル作品)陳列されているシーンを見かける度に 私自身までも、多くの人々に粗雑に扱われた気になり、心が傷付くのです。 私はもっと、街に「芸術として扱う演出」があっても良いのではと思います。 紙は明らかに、芸術の領域に入っており、もっとそのものが持つ きめ細やかで繊細な表情の美しさ、材質感、性能を含めた利便性を引き出し、 日本人の心を行為として伝承出来る「包む」文化を広げて欲しい。 それは、和紙でなくても、洋紙でも変わりません。 この日、ショップのガラス越しから店内を覗くと、雑貨の隙間から かろうじて見える、奥の壁一面に掛けられた紙に引かれて入りました。 勿論、入るやいなや、紙の陳列までまっしぐら…。 幾何学模様をプリントした和紙、花柄のエンボス加工をしたパール洋紙など、 様々な表情の紙を目の前に、まばたきも忘れ食いるように眺めました。 帰りの道中でも、沢山の紙を脇に抱え、使用するシーンなどを、 あれこれと思案に深けました。 「包むファクトリー渋谷本店」公式サイト http://www.tsutsumu.co.jp

最も美しいおもちゃとは

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夏の終わりのある休日、家族と一緒に緑豊かな公園へ行きました。 体全体に響いてくる蝉の合唱と、頭から降り注ぐ木漏れ日、 深く冷たい空気に囲まれて歩いた、長く大きな並木道。 その大木の足元には、沢山の松ぼっくりが落ちていました。 薄暗く湿った場所に転がる、この見慣れたデザインは、 フィボナッチ数列(=黄金比)の比率であり、 凝縮された美しい模様と輪郭で出来ている。 芸術はいつの時代も、自然を観察し、そこから学び、数値に置き換え、 模倣してきました。 この最も美しい作品を、娘のおママごとのおもちゃにしようと、 皆で拾いました。 帰路は、太陽に群がる雲の隙間から光が放射状に降りてくる光景を背にして。

「未来の食卓」から学ぶ

2ヶ月程前に「リビングフード」に関する本を読んで以来、 主に朝食時など、極めて一部分ではありますが、 「ローフード(生)による酵素料理」を取り入れるようにしています。 そのため、生で食べる以上オーガニックの重要性はとても気掛りでしたから、 「未来の食卓」はとても興味があり、ようやく観て参りました。 原題は「子供たちは私たちを告発するでしょう」。 食物汚染をテーマに話題になったフランス・ドキュメンタリー映画です。 フランスでは癌が死因の1位であり、なおかつ監督自身が結腸癌になり、 病気の原因を追求した事実や内容を、 農業が盛んであるバルジャック村の人々を舞台にして、製作されたものです。 大きくは、「学校給食のオーガニック化運動」を主軸にして 「自らの子供が癌に犯された、農薬を使用していた農家のインタビュー」 「オーガニック農家と一般農家とのディスカッション」、 「ユネスコ会議での研究者による化学汚染に於ける発表」シーンなど 折り重なって編集されています。 都会に住んでいる人々の方が、健康を害しやすいと考えがちですが、 実は、田舎の美しい小さな農村地帯が化学汚染に犯されていたのです。 ただ、「これは始まりであって、そのうちに拡大していく」、 と懸念しなければなりません。 日本では食に関する事件も多くなったことで関心さえ増えていますが、 次へのステップは、ひとりひとりが知識を得て、実行へと進む時期だと 突きつけられました。 毎日の食に対して安全性を大切にするという「義務」感に、 プラス美味しさという「楽しさ」、 更に未来の地球環境保護という命題にひとつの解決策になる「喜び」を得る、 そのきっかけになる映画です。 「未来の食卓」公式サイト http://www.uplink.co.jp/shokutaku/ 「日本リビングフード協会」公式サイト http://www.livingfood.jp/

ジルケ人形

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先日、娘(1歳7ヶ月)に贈るジルケ人形が届きました。 商品名は「エンマ」ですが、新たなネーミングを娘に尋ねたところ 「?!?!?!?!?!?!」な表情でしたので、私が「エマ」と名付けました。 こちらの人形は、ドイツのぬいぐるみメーカー、ケーセン社が 哲学者ルドルフ・シュタイナーの「ウォルドルフ人形」作りの哲学を基に 制作されたものです。 当初はウォルドルフ人形を求めていましたが、金髪やブルーの瞳が多くて… 娘に近い容姿を探し、結局、ジルケのエンマ(「エマ」)に。 エマの無表情な顔立ちは、娘のその時々の心情に共感して貰えるでしょうし、 しっかりと丈夫に手作りされている為、何度も洗えるところもいい。 (勿論、洗濯する時は、洗濯バサミで干されている場面など 娘には絶対見せてはいけません!) 娘が世話遊びをしながら、内面を磨いていって欲しいと願い選んだエマ、 初めての出会いは、保育園から帰ってきた時に、いつも座る娘の席でした。 娘は直ぐにエマを発見し、抱きしめ、とびきりの嬉しい表情で私を見ました。 それからエマは、いつもの席で保育園から帰ってくる娘を待ちわびています。

個性の重要性について

すっかりご無沙汰しています、笹本道子です。 現在は、育児をしつつ、アトリエでの教室開催を中心に活動しています。 平行して、アトリエ&ギャラリー付きの住居建設も進めており、 これらのイベントで、充実した日々をおくっています。 さて、ずっとかねてから思っていました事柄、「個性」についてを 1年半ぶりにブログ更新します。 昨年の晩秋頃、ある短いテレビ番組の出演依頼があり、 その時に印象に残る質問を受けました。 結局取材は、番組内容にお互いの意見がまとまらず、破談にはなりましたが、 その質問だけが私の中で宙に浮いた状態でした。 ですから、その質問の答えをこちらでまとめます。 「多くのキャンドル作家がいる中で、笹本さんの個性は何だと思いますか?」。 このような質問を受けるというのは、 さぞ、その方にとって私は分かりづらい存在だったでしょう。 私は今日まで、何を軸にして創作活動&教室運営をしていたかを考えると、 与えられた課題にいつも(世に出ていない)他には無い 「より新しい、より美しい、より質の高い、より高い技術」というように 『より良いもの』を求めてアウトプットしてきました。 そして、仕事上の行程の中で、 クライアントの求められている事柄やイメージをカウンセリングしながら、 クライアントのイメージ(教室では受講生の)または期待以上の 未知の部分をいかに表現するかが、私に課せられた付加価値の値がつく スタートラインになると感じ、活動をしています。 このような考えをもとに、私の活動を10年程度続けて振り返ると、 制作の行程に「私のやり方」や好きな技法、 または趣向や個性を意識した事が無い(重要では無い)事に気づきました。 思い返せば、私が美術を志した頃にとても好きでした ルドルフ・シュタイナー、ワリシー・カンディンスキー、ヨーゼフ・ボイス… その偉大な芸術家の言葉の数々には、 「私の趣味は…」「私にとって…」「私の好きな…」などという 個人的な範疇で物事を考えたり、自己を守るような言葉はなく、 いつも社会に向けて、より自由で、より良いものを広げ伝えたい と願う事柄ばかりです。 私はその方々には足下にも及びませんが、せめてその姿勢だけでも…と いつもそれを念頭に活動しています。 そして、これが私の個性だと答えたいと思います。

家族

お久しぶりです、笹本道子です。 昨年12月25日に、無事に2900gの女の子を出産いたしました。 ようやく会えた娘には、智慧のある人になって欲しい… その願いを込めて「万智」(まち)と名付けました。 娘が生まれた時のオギャーという声が、どんなに待ち遠しかったことか。 そのうち「ア~」「ウ~」「ハ~」「ヴ~」などと言うようになり、 その度に、顔を近づけて、何を伝えたいのか聞きかえします。 言葉が分からなくても、目を見て話かけ、歌を歌い、 そのうち、最初にどんな言葉を発するのか、 その感動的な瞬間を楽しみにしながら…。 しかし考えてみますと、この時の言葉はとても重要視されるのですが、 やがて成長し、家族の中で話をしなくなるのはなぜでしょうか。 日本の古い考えで 「こどもは自分のもの、家族とは一心同体であるもの」という家族観が まだ依然としてあり、なかなか個人を尊重する会話になりません。 また母親の「私はこうだから、あなたもそうしなさい」という口癖… この限定し束縛した態度が、人格を無視し個性が伸びなくなるのでしょう。 家族とは何かと問われれば、個性を持った人格の集まりだと答えたい。 私は今、娘の事を最も理解している人間ですが、この先も変わらず、 いつまでも理解してあげられる母親でいたいと思います。

職人について

クリスマスも近づき、待ちわびていました存在のうち、 まずは一つ目、インテリアが我が家に到着しました。 今迄プライベートで使用していたあらゆるインテリアは、 機能性やシンプルなデザインを重視した「大人」向けのもの… これから子供が産まれるにあたり、新しい生命が育つ環境としては、 それだけの要素では不十分でした。 耐久性、安全性などの面も大切になってきましたので、 まずは収納が不十分になったワードローブとハイチェストを 買い替える事にしました。 そこで現在使用中の5年程前に購入したローチェストにあわせて、 同シリーズのもので揃えたいと思いましたが、 購入したショップでは、もう既に販売を終了… 結局、製造元の家具メーカーである「中島製作所」を紹介して頂き、 直接発注依頼をする事になったのが、今から2ヶ月前になります。 発注にあたり、希望のものが明確にありましたが、 既存の原型から、どこ迄こちらの要望に近づけて頂けるのかが重要でした。 中島さんと電話やメールでのやりとりから、対応に柔軟性を感じた私は、 イラストレーターで作成した完成デザインを、pdfファイルで添付し サイズ変更だけではなく、機能の追加もし、ほぼオリジナルオーダーに 近い形で製作して頂く事になりました。 さらに、納品希望日1週間前には見本板が到着しましたが、 5年前に購入した少し日焼けして色あせたチェストの色合いにまで あわせて頂きました。 そして完成した家具はイメージ以上のものになりました。 私にとっての良い職人の要素とはなにかと考えると、 「発注者への誠実さ」、「それに対応出来る技量」、 「現状に決して満足しない、追求精神」でしょうか。 この3つのトライアングルの関係の中で、 大切にしたいのは、後者の未来に繋がる「追求精神」ですが、 最もなおざりにされる要素でもあります。 私は木の材質はほとんど知識や経験もない為、専門に特化した者だけが分かる その美しさや洗練さなどの感性は、持ち合わせていません。 そんな発注者からの依頼は、きっと職人にとっては、感性を刺激するものや 未来に繋がる開発要素は少ないでしょう。 しかし中島さんへ発注し、またブログで拝見しても、 「発注者への誠実さ」が根底にあり、 その上に、素材との格闘、仕事以外でも家具が頭から離れない様子や、 自らの手から巣立った家具の行方を気にしている姿勢な...