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コサージュを作りながら

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3月は卒業式、先日は入学式、春は人生の中で節目になる行事が続く。 幸い私には、活発で何事にも積極的な子供がいて、あらゆる学校行事を改めて体験することが出来る。 授業参観でもさまざまな生徒たちの様子を観ることも、新しい美術の教科書を読めることも、 何もかもが私のよい刺激と活力になっている。 そんなことを感じながら、子供の入学式用のワンピースに合うコサージュを制作した。 もともとは卒業式に使用した市販の黒いコサージュ(直径100mm)を ただ漂白して白いコサージュにする、ひと手間だけのリメイクの予定だったが、 何度漂白を試みても黒は依然として黒のまま、1mmも動かない。 花心のパーツだけは白くなり、やがて粉々に溶け出し、花びらの表面を汚す存在に。 このコサージュの素材はポリエステル100%から成り、 ポリエステルは、漂白が出来ないことが後から分かった…。 白色の顔料はあっても、白色の染料はないため、 (顔料を、鉢などに入れてさらに細かくスれば、染料に近づくかもしれないが…) 既にある花びらを新たに作り直し、総入れ替えすることにした。 裏側の中央部は枝とピンが合体して花びらとの集合体になっているため、 完全に解体するのは避けたい。 入学式が迫っている上に、コサージュを制作したことがないため、ゼロからの制作では気が重い。 花びらの根本を数mm残して切り、取り除きながら白い花びらを植え替える作業を2週間程したか。 ここからが本番で、重要ポイント(1.2.3.)と考え、流れを要約する… 1.方向性と課題  =コサージュの存在は脇役であり、身につける人間が主役だが、そもそも私自身が 本当の主役である子供達の晴れの舞台(入学式)の中の、小さな関係者に過ぎない。 そのため、コサージュの有無はどうでも良い存在であるにも関わらず、必要であるならば、 色彩もデザイン形態も「慎ましやか」な存在に徹する。 =作ることを選んだ理由を考えたとき、対比として機械で作れない要素を求めたい。  野生的で全ての花びらの動きを生き生きと表情を付ける。たとえ現実の花が1輪に対して  一様に同じ方向を向いていても、同じ色合いをしていても真似する縛りはない。  自分らしさの先にあるリアリティーを追求する。 2.花びらの生地選びについて(...

「さつまいもの皮あり、着色なしのズボラさん向けヘルシー栗きんとん」づくり

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お正月に太らないために配慮した栗きんとんを作りました。アスリートや健康第一主義の甘党の中高年向けの材料です。こちらには、クチナシの実や砂糖も持ち合わせてないこともありますが、さつまいもは十分に納得する黄色でありなおかつレシピ中に、糖質が含まれる甘露煮(汁)やみりんを使用するため、砂糖は加えずに作ります。 また、甘さを出す技術的なポイントとして、さつまいもを時間をかけて炊飯器でふかすことで、甘さをしっかり引き出します。さらに、体内の排出を考えることも大切で、腸の働きを良くするさつまいもの特徴を存分に生かすためにも、やはり電子レンジでチンするのではなく、時間をかけてふかしています。(私は45分かけて蒸しました) 材料(家族3人×3食分、栗1人1食3粒として) ・さつまいも500g(中2本、炊飯器の中に丸ごと寝かせて入る長さ) ・栗の甘露煮(実)18粒程(個数は自由。私は12月上旬に安価で購入しているため多めです) ・栗の甘露煮(汁)90ml  ※甘露煮のパッケージに「甘さ控えめ」と明記されていても糖質は十分に含まれています。 ・みりん 大さじ3  ※みりんは糖質が入っている加工品です。「出来れば入れたくない」精神で最小限に留めましょう。 作り方 1.さつまいもは炊飯器で、皮付きのまま時間をかけて蒸す。  ※皮ごと食べるため、皮をしっかりたわしで洗います。 2.1.を蒸して触れる程度に冷ました後、皮だけ剥いでみじん切りにする。  ※皮の繊維質が気になる方は、徹底的にみじん切りにします。 3.2.を合流して鍋に入れ、さらに甘露煮(汁)90mlを入れ、出来る限り滑らかにする。(弱中火)「裏ごし」作業は道具と力が必要なので、ズボラさん向け本レシピには採用していません。 4.みりん大さじ3を入れてペースト状に混ぜ合わせた後、栗を入れ潰さないように混ぜて完成。 5. 器に盛り完成。※保存料なしですから、 3 日以内には食べます。

私のカーテンづくり、実録

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自邸は竣工から11年が経ち、生活の中で改善箇所が明確になってきました。特に、住み始めて直ぐ改良の必要を感じた要素が、ガラス窓から入る強烈な西日です。その問題の窓は3箇所。まず1階〜屋上まで続く高さ10m以上の窓から、正午以降に3,4時間のあいだ差し込む。この窓は、私が考案したファサードの一つで、家の中心に位置し、ここから各フロアと各部屋に繋がる。そのため、窓ガラスから伝わる外気は、時間差で家中に流れ広がる。 2箇所目は、リビング室の二面(幅3mと幅3.5m)の大ガラスからも西日が入る。眺めは良いものの、リビングに求める居心地や快適さに欠ける。リビングは、家族が食事や映画、会話、そして日々の何かを確認する集合場所で、同居していても1日に向き合う時間は案外短く、リビングは家族全員が揃う重要な場所です。加えて家人の日常は常に忙しく、この集合場所に集まってもまた直ぐに各部屋に解散。だからこそ一層の居心地の良さを求めたい。 3箇所目が、洗面室のガラス窓。この窓の正面向かいに丁度建物がないことも手伝い、西日が最も長時間差し込み 冬は極寒、夏は灼熱になる 。竣工時にミディアムの厚みのロールカーテンを取り付けているものの、目隠し程の用途でしかない。長時間いない洗面室ではあっても、この室内で使用する諸々の洗剤類や電化製品の表面の劣化が心配になる。窓辺の木材の面材の塗装は、直接陽を浴び続け酷く剥げてしまい、 丁度1年前に自力で修繕をしている 。 カーテンに求める要素は、意匠性もさることながら実務能力(UVカットや室温の安定性、ミラー効果など)の根本的な能力も大切でした。竣工当時に選んだカーテンは、意匠性の面だけで判断し選び抜いた生地で、今もその魅力は健在で今後も我が家の象徴であり続けて欲しい。そのため、今回のカーテンづくりは、現存をそのまま生かした補整にし、裏生地を新たに重ねることで、機能性を追加することに。 長い反省の後は、幾つかのメーカーからサンプルを取り寄せました。意匠性、装飾性の高いカーテン生地を扱うメーカーは多いものの、機能性を優先したカーテン生地は製造の割合として少ない。絞ったメーカーは、拘らず日本大手メーカーのフジエテキスタイル、サンゲツ、川島織物セルコンの3社。幾つかのサンプルを請求する際は、事前に考えうる多くの質問をしました。「UVカット率の正確な数値(%)」「生...

チョコレートの栄養菓子づくり

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年に一度のチョコレートが食べたいこの旬な時期に、私の興味と行動が偶然重なることも少ないため、 現在キッチンで拘っている私のレシピを記録します、忘れっぽい未来の私自身のために。 こちらは、「嗜好品にも栄養を」と望んだ家族向けの現在進行形の試行錯誤レシピです。  ※まず材料を選ぶ際に大切にしたいことを以下に。 体の成分に大切な役割であるたんぱく質(ここでは大豆)を多く取り入れる。 体が冷えやすい、疲れやすい、太りやすい砂糖の比率を可能な限り減らす。 食感を多様化する(サクサク、コリコリなど) 食物繊維、鉄分、ビタミンCもしっかり摂る。  チョコレート(砂糖、脂質)を最小限にした甘さを求める。 (栄養面を考慮した考えのもと)可能な限り日本製や有機を選ぶ。 加工品や既に混ぜ合わせた市販品ではなく、限りなく原料を選ぶ。 食品表示をみて「余計なもの※、こと」がないものを可能な限り選ぶ。 ※「余計なもの」とは、着色料(赤色2号、104号、106号、コチニール色素など)、保存料(ソルビン酸K)、甘味料、カラメル色素、砂糖が入っているもの。 《補足》 家族にスポーツをしている娘がいますが、運動後の疲れた体には、タンパク質+糖質を同時補給することが素早いリカバリーに繋がります。 このレシピもその点を意識しています。 【材料】(60個分=1日に4個×3人分で5日分有り) チョコレート:250g 写真上は非掲載。製菓用ブロックチョコレート使用。 リンゴ※:1個  シナモン:二振り程 かぼちゃの種:60個 以下すべてカレースプーン:中盛り2杯 アーモンド(細かく刻む) くるみ(細かく刻む) レーズン(オイルコーティングなし※、粒をほぐす)  大豆粉  オートミール ピュアココア ココナッツパウダー ※リンゴ:リンゴのサクサクとした食感と、さらに皮まで取り入れ、カリウム、ビタミンE、ポリフェノールを豊富に摂る。 ※オイルコーティングしたレーズンを使用する場合は、お湯50°で90秒洗うと酸化した油が落ちる。 《補足》材料は他にさつまいも、オレンジの皮、スパイスはジンジャー、カルダモンにも挑戦したいところですが、種類を多く入れ過ぎると、方向性がボヤけ個性を失うため、品数は一定数に加減します。  【道具】 湯煎(大小の鍋) カレースプーン(先...

令和の運動会

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10月上旬に、娘の小学校最後の運動会を終えました。運動が大好きで活躍していた娘ではありましたが、私はやはり、運動会全体の懸念している点を今回は綴ろうと、毎年学校から配布される「運動会感想用紙」(Q1運動会全体について/Q2会場について)を見て思いました。本紙を提出する際は、家族にも一読し了解と(一部に関しては)共感を貰えましたので、娘に(自信を持って)学校へ提出して貰いました。内容は以下の通りです。 Q1運動会全体について(各学年の団体演技・競技・演目など) 本紙を、校長先生をはじめ多くの先生方に目を通して頂き、来年度に向け根本的に改善されることを祈りながら、今年は6年最後として記します。本校の運動会は、観覧者のためのショーになっている点を指摘させて下さい。私は昭和40年代生まれですが、私の小学生時代と変わらない昭和から続く形態の運動会だという感想を抱いています。団体演技がなぜ必要なのか?運動会の内容は、なぜ児童達が決めていないのか?運動が苦手な児童を含め、全ての児童達が主役になっているのか?運動会は、児童達が自ら決めた計画的内容を全力で決行できる場になることが、私の最高の望みです。教育の場において、運動会を含むあらゆるイベントが、教科書からは学べない「自由と責任」を体感出来るチャンスであり、各児童の成長に繋がる貴重な一時であって欲しいと願っています。そのチャンスの場をつくるのは、校長先生をはじめ先生方であろうと感じています。本校の運動会が、令和時代における前衛的で革新的な内容に変革したと、在校生を始め、卒業生や後世の児童達が思える学校にして頂けるように願っています。  Q2会場について(観覧スペース、休憩スペースなど) 私が6年間感じ続けたことです。「本部、関係者、放送、救護」のテントがございますが、これらの席にテントは必要でしょうか?むしろ、主役である児童達にこそ必要ではないでしょうか?【補足:「本部、関係者、放送、救護」のテントは、始終校舎の陰になり、陽が当たらない。この席に座る関係者には、商店街会長や区議会議員、過去に教壇に立った先生達や元校長が着席されています。また、基本的に校庭が狭く、外側を巡る通路(保護者の立見エリア)の幅は1mも満たない。写真参照:黄色冊子の会場図】 児童達の席は殆ど直射日光が当たり、危険です。改...

夢の途中

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7 月の中旬に、このポスターが娘の部屋に貼られました。 そして1ヶ月後の8月22日。この日の辰巳は、いつもの東京都や関東圏大会とは違う景色でした。 娘が、夢みて間もない全国ジュニアオリンピックカップの出場が決まり、東京辰巳国際水泳場が夢の大舞台に変わりました。競泳種目は、平泳ぎです。 振り返ると、家族の提案で娘が水泳を始めたのは、小学 1 年の 5 月。 3 年生までは週 1 回のペースで休みがちに 嫌々通っていました。そんな中、 4 年生になり上達をし始め週 2 回に増やし、同コースで泳ぐ高学年生や中学生よりも、早く泳ぐようになっていきました。 その頃、私が唯一親しくなりました水泳経験のあるお母様から、選手コースのある都内でも有数の(現在席の)クラブへ、娘を移すことを勧められました。娘と話し合い、その数ヶ月後に、紹介されたクラブへ移ることになりました。クラブを辞める同月、クラブ主催の東京エリア( 8 支店)大会で、娘は優秀選手賞を頂きました。この名誉ある賞と共に退会の日、コーチから「辰巳で再会しよう」と言われたことが、娘の更なる水泳への情熱に火がつきました。この時はまだ、辰巳で多く開催される大会に一度も出たことがありません。 新しいクラブでは、 3,4 歳から水泳を始めて、小学校低学年で既に週 5,6 日通うベテランの児童ばかりが在籍していました。その中でも水泳経験が浅い娘は、まじめに水泳に打ち込み、タイムを着実に更新し続けました。 そして、 1 年 9 ヶ月後の今日。この大会でまた自己ベストを更新しました。 帰宅して間も無く、彼女の部屋には JOC のポスターはもうありません。 目標を新たに更新し、励んでいる姿を眺めながら、将来は何になるのだろうかと、水泳か体育の先生?、高速水着の開発者?それとも全く違った道でしょうか … この短期間に、前に突き進む強い精神を水泳で培ってきました。 彼女にとって水泳を始めたことも、この家族から生まれたことは偶然であっても、今いる彼女は、本人がそう望んで今がある必然です。その部分を最も大切にしたい。

自由研究に求められること

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4年前から、今頃になるとこのことを考えない日はありません。 小学生の娘の夏休みの宿題である、「自由研究」です。 自由研究は、理科が始まる小学3年生から夏休みの必須課題になりますが、その題目は、科学的な実験による現象を研究するだけではなく、「自由」の前提で、過去から未来のあらゆる事物や現象、既存の制度や目に見えないものまで無制限に広がります。 しかし、夏休みの限定した期間に、研究(実験+観察)、考察、結論、後記(感想)へとまとめ、2学期の始業式までには仕上げなければなりません。 私の小学生の頃は、自由研究の課題がありませんでした。幸い子供がいることで、共に自由研究の充実した楽しさを経験できました。それも、今年で最後だろうと感じると、その可能性の豊かさや要望を改めて考えたく、以下4項目にまとめました。 まず最初に、動機の部分、何を研究するか、という最初の段階で多くの可能性を感じます。小学生ですと、動機付けは、自分自身の興味や身の回りの知的好奇心から探求が始まり、そのような内容が、配布された募集要項にも提案されています。(写真掲載)しかし、高学年でしたら、個人的なものを超えて、家族、地域、日本、社会的問題など、本人を含め、より多くの他者のために追及した内容ほど、研究の必要性(価値)が高まり、それらが認めら評価された時には、なにより本人の内面的な成長に大きく作用するはずです。また日頃から、あらゆる制度や現象などに対して、疑う精神、関心を持ち続けることも自由研究の動機に繋がりやすく、その精神は、社会に出た時に生かされることと思います。 二つ目。 本当の答えは、自分自身で生み出す大切さを学べる点です。 書籍やネット上に探しても答えはなく、自分の物差しで追及しながら、また、改めて自分自身の考えを言語化していくことで、個性の形成に繋げられます。学校での画一的、一方的な教科の多さを感じる中で、個々を認め合う多様性のある自由研究の意義は大きい。 三つ目。 自由研究を読む多くの方は、何を楽しみにするかと言えば、最後の結論です。いえ、結論からどのようなことが分かったか?でしょうか。中盤の試行錯誤や研究をいかに結論づけ、未来(次)へ活かすかが最も知りたい部分で、自由研究の工程の中で、論理的な構築やプレゼンテーション能力が養われる部...

小学5年生へ贈る手紙

娘が通う小学校の行事の一つで、毎年5年生全員が、1年を掛けて取り組む一大プロジェクトがあります。 そのプロジェクトは、会社を立ち上げ、商品を製造・販売するのですが、現実に実質的利益も出すという、毎年1年限りの本気の事業です。最初の出資金は、「株主」という方に借り、最後に5%上乗せして返す流れのようです。  今迄の流れでは、6月に地域の製造小売業の方や、企業の方を招き製造業のノウハウを学び、7月には、製造する商品を何にするか各クラスで案を出し、最終的にキャンドルが決定しました。夏休みには、各自でキャンドルの具体的なデザインやコンセプトを図案と共に考える宿題が出ました。娘は、地産地消を軸に、地域のハチミツ専門店の養蜂から生まれる未晒蜜蝋を仕入れ、原料(ゼロ)から商品開発をするというコラボレーション案を提出しました(が、結局こちらは落選)。 9月には、CEO(最高経営責任者)を校長に、会長(同学年担任の先生、以降「先生」)以外の社長、副社長、製造部長、販売部長、課長は児童が立候補し、皆の前で決意表明をして選出。10月から試作実験と平行して経営理念、会社のロゴ、具体的な商品の決定、12月から現在進行形で製造中という全体の流れです。  私は、夏休みの宿題以来、学校でのその後の詳しい進行を聞かず、娘も言わない状態でいましたが、学校での製造が始まった先月半ば頃から、先生を伴いながらの製造においても、失敗が続いていること、社長や製造部長の児童が私自身のアドバイスを求めていることを娘から聞き、その時初めて見守っていた時間を後悔しました。 数日後に私は学校へ電話をし、先生にまず私が専門職であることを伝え、解決策をお伝えしました。そして今月半ばには、私が使用している道具類を抱え、放課後の学校へ伺いました。実際に児童が作業する家庭科室で、作業の仕方や現状の進行状況と失敗した状態を拝見しました。初めて制作する方にとっては、失敗の原因は、「技術の無さ」ではなく「想像のしづらさ」と言えます。材料の特質を知ることを大前提にし、作業場の室温と換気のタイミング、最低限必要な道具とその選び方、作業導線、作業に適した人数や効率的な役割分担など多岐にあり、実際に作業をするような身振り手振りでお伝えしました。 そしてこの日、私は、事前に全児童に配布して頂くためのアドバイス...

沖縄にて、改めて思うこと

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昨年の年末は、寒さを逃れて沖縄(本島)に行きました。 私は小学1年生の(石垣島)以来で、様々な面で「初めて」と言ってもよい沖縄でした。 那覇空港から車に乗り、最初に行きました豊見城市瀬長の海岸には、原形のない珊瑚の死骸が真っ先に目に入ります。 滞在中は12℃前後と寒く曇り空が続き、海上は常に黒い雲が覆っていました。 写真は、滞在したホテルからの眺め。正面の大浦湾の向こう岸にある辺野古基地は、肉眼では1km程の近さに感じますが、地図上の測定では、3.7km程あります。 滞在しましたホテルは、辺野古が大浦湾沿いにあるリゾート型ホテルでしたため、改めて以前より感じていた普天間と辺野古基地について、個人的ではありますが現在の見解を残そうと思います。 こちらのホテルは、普天間基地からの辺野古移設の最初の合意1997年と同時期にオープンされました。もし辺野古へ移設される際には、滑走路が大浦湾側に伸びる想定で、ホテルにとっては自然を満喫しながら「癒しやリラックス」すること、はほど遠い景観になり、運営が厳しくなると感じました。 また、辺野古周辺は、住民が少ないと言いましても保育園や学校はあり、東シナ海や南シナ海から反対側に位置しているため、ベストな移設先とは言えるでしょうか。 しかしそれ以前に、安心を求める周辺住民の声は、なぜ当然のように政治の最終決断にならないのだろうかと。世界一危険と言われる普天間基地も速やかに閉鎖するべきだろと思います。 なぜなら土地は住民のものであり、「安心」はその方々が実感して結果得るもので、政治の考慮する「安全」は安心とは結びつきません。基地が無くなり、結果として漸く住民の安心に繋がるのだと感じます。 また、あらゆる外部の意見(沖縄の県民性や沖縄の基地の必要性、基地の無い沖縄県の経済への影響など)を拝見しても、やはり、何よりも住民の気持ちを最優先にするべきだろうと思います。このことから、基地が必要であるならば、より適した場所を改めて模索するべきではないでしょうか。 そしてこの問題に関わらず、日本のアーティストと言われる表現者は、自国のあらゆる問題に関して、個人の見解を日常的に述べて欲しい願いです。知名度や認知度の高い表現者ほど、それを強く感じます。

最後の仕事

2,3年前(から)のことでしょうか…、 離れて暮らす、仕事を止めて1日中退屈をしている父に、 自分自身のことを書くように勧めました。 最初に伝えましたのは、 母からの電話で父が病気になったことを知った時です。 自伝でも自叙伝でもなく、今迄生きてきた中で 「最も大切にしてきたこと」を綴ること、を。 父は昭和6年生まれです。 時代背景と自分自身の状況を思い出しながら、 感じたこと、考えたこと、大切にしてきた想いの書は、 世界でひとつしかありませんから、そのものが貴重です。 文字という限られた表現要素を並べながら、 自分の人生を振り返ることも、一定の納得が得られ、 自分自身にとっても、その作業は重要ではないでしょうか。 その後も2,3回は実家へ帰省するたびにペンを取るように 勧めましたが、少しずつ病気は進行して… その後、父は本当に書いてくれたのだろうか…と、 確認することさえ、もうしなくなりました。 しかし、私自身は文字としての記録を残すことを すっかり止めていたことに気付き、 暫く休んでいたブログをまた綴ろうと思いました。 自分自身のために。

取り扱いカードから見えてくるもの

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夏の間、炎の猛実験をしてから、今になりその成果を次の教室で伝える時がきました。晴れて作品として形になり、そして教室の最後に渡します取り扱いカードの作業も終えて。 実験の目的は、当初多くを望まない純粋で最小限のものですが、納得のいく結論へ辿り着くための試行錯誤で、前後左右と想像以上に枝葉に分かれた実験になることは、常にあることです。実験している期間は、観察から離れたトイレやシャワーを浴びている時も、「なぜ」や「いかに」を自問自答しながら、次への実験条件を考えます。 実験で心がけていることは、常に最後の実験だけを意識せず、時折、今までの実験を全て総復習すること。膨大な量の実験になればなるほど、道すがらの私自身の思考を振り返ることが、案外結論が早まることが多くある、という経験も積みました。僅かな差による繰り返しの実験の中で、最終的にどうするのか?の結論は、結局、感性によるもので「根拠のある感覚」です。 私の実験そのものの目標は、「最小限の時間とシンプルな材料で、最大の結論を、楽しみながら得る」こと。努力や忍耐力を試す場ではない…そのように意識しないと、ひとりで何十年と実験は続けられないかもしれません。 試行錯誤の末に、漸くひとつの作品(炎)を生みだした作者は、その全てを知っています。その作品の性格と扱い方や楽しみ方を知るのは、作者の右に出るものはいない。そう願っています。そのため、もし作品が作者から離れる時は必ず、知りうる限りの全てまとめて、取り扱いカードに記し添えます。取り扱いカードは、作品の奥に隠された「ものづくりへの姿勢」が読み取れるものです。

未来のセラピスト

新たに開設したレッスンのガイドの原稿に追われています。 新レッスンは、アロマキャンドル作りに於ける精油のブレンディング法に特化した内容です。受講生への7つの質問のご回答をもとに、レッスンで使用する精油10種を選び、その日だけのガイドを毎回作成します。そして、実際に選び、選ばれた精油を目の前にし、その分析と私の考察や経験を盛り込み言葉にしていく作業には集中力をもってしても時間がかかります。化学的分析に限界のない精油の存在に、セラピストではない私の実経験を超え、いかに説得力のある言葉に変えられるか、いつもそのようなことを思いながら。 出来る限り書籍も、偏見なく目を通していきたい中で、太田奈月さんの著書『香りの「精油辞典」』に惹かれました。本書には、「アート&サイエンス」と副題にありつつも、他書との特異点は、55種の精油をそれぞれ人間に例え、全精油の各紹介最後の1頁分をこのコラムが占めている点。「この精油は、このような化学成分があるから、この状態や心理の時に合う」が通例の紹介ですが、精油そのものを人間に例え、ユニークなストーリー展開をしているのは、精油をより身近に親しんで欲しいという思いが伝わり、アートやサイエンスという前置きがなくても、信頼のおける良質な内容でした。 フっと、いえ常に思うことですが、将来近い未来に広く深いデータを持つAIが、嗅覚センサーを得る日も近い中で、AIのセラピストも生まれ、やがて一定の需要も出るかもしれません。そのような未来であっても、人間のセラピストが必要と思える点は、目の前にいる方(クライアント)の内面性を感じ、こうなって欲しいという理想などを汲みして、様々な試行錯誤と直感の集大成が、満足のいくセラピーに向かうと感じるからです。 セラピストで学ぶ知識は、嗅覚のメカニズム、精油の構造、化学成分と人体への期待される効果、精油の人体に於ける経路、その適した使用方法、さらに中医学(中国医学)、占星術…とまだまだあるのでしょうか…これらをただ文字として覚え理解するだけではAIに負けるでしょう。 未来のセラピストでは、いかに相手に寄り添い同じ方向を見つめながら、さらにその先を無理せず誘導できるか、それが「突出して」出来る方である上に、知識量や経験量とは全く関係のない「人間力」のある方が、有力になるように感じます。

挨拶の思い出

私が小学校低学年だった頃 毎朝登校すると、用務員のおじさんが椅子や机を直していました。 用務員室は、学校の玄関近くにあり、 狭く暗い室内でひとり、いつもドアを開けて作業をしていました。 私は、毎朝その前を通り、 「おはようございます」と元気に挨拶をしました。 学校も先生(大人)も嫌いでしたが、この時は、笑顔になれる瞬間です。 その返す優しい笑顔で、学校生活を乗りきったと言っても良いでしょう。 学校帰りは 背後から「さようなら」と 振り返り際に挨拶をして貰い、 その自転車を漕ぐ姿を、曲がり角まで目で追いながら帰りました。 私の小学校は1クラス42名前後が5クラスあり、 全学年で1200名以上の大きい学校した。 用務員の仕事は、さぞ忙しかったに違いありませんが、 70代後半でボランティアだったのだろうと思います。 担任の先生には目が合わない日があっても、必ず目が合う人で、 当時は、私を温かく見守ってくれる人だと感じ、 同時に仕事への感謝を、挨拶に代えていたんだと思います。 3年生になった頃のある日、私が帰宅すると母が言いました。 用務員のおじさんが家に来て、 「こちらの娘さんに、いつも元気に挨拶をしてもらい嬉しかった」と仰り、 今日で仕事を辞めることを告げに訪ねられました。 これが私への最後の挨拶でした。 めったに褒めない母から、私は褒められたようで嬉しく感じましたが、 もう学校で用務員のおじさんに会えない寂しさといったら… 当たり前の挨拶が、その時から貴重な行為に変わりました。 私の娘には、挨拶の魅力を伝えています、 笑顔が忘れられない、この思い出とともに。

いつも感じていること

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材料のご注文を下さる方は、殆どの方が作り手です。 作ったものはやがて作品になります。 作品へ到達するまでの道中では、 研究を要し、時には素材と格闘するかもしれません。 その生み出される手へ、プレゼントを贈る気持ちで荷造りをします。 そして、私も包装用シールやラベルは他の業者にオーダーせず、 私が手作りしています。 クラフトマンシップが限りなく広がっていくように…と。 わざわざ写真に撮ることでもなく、当たり前のことですが、 わざわざ伝えたい、いつも感じていること

3作目のバックづくり

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パピーの糸で、夏用トートバックを作りました。 白を貴重色に黄色と黒色がループ状に絡まるユニークな糸を使用しています。 A4サイズのものがストンと入る縦長サイズにし、 2本取りの細編みにして、機密性を高めました。 最後の入り口の1周は、引き抜き編みをして頑丈に。 持ち手は、2重にした麻布を手縫いで付けています。 入り口にマグネットを付けてみましたが、 夏のラフなイメージから遠のくと思い改め、取り外しました。 2ヶ月ほど前に完成し頻繁に愛用していますから、そろそろ洗う時期です。  

日常の情景

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海外の方(台湾と香港の方)が、6月早々にレッスンを 受講されることになりました。 日本が好きで、過去2回日本に来られているお二人に、 私らしいもてなし方、私らしい教え方を改めて確認をしながら、 私を通じた日本の良さを体感して頂ければと願っています。 まずは簡単な演出から計画しようと、8歳の娘におりがみで折って貰いました。 いつもこのような素敵なものを作り、プレゼントをしてくれますが、 その日常のよくある、ものを作り楽しむ情景をそのまま演出することで、 日本らしい精神を垣間見て頂けるのでは… と感じています。

小さな抽象画

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ご注文の荷造りに添えるカードが無くなってきましたので、 新たなデザインで作りました。 初夏にかけた涼やかな色彩を持つ紙吹雪が、 サラサラと音を立てて舞う様子です。 以前抽象画を描いていた時の筆を持つ手が、マウスに変わっただけで、 やはり、小さな1枚にも、スペースを空けて色や形を添えたくなります。 また暫くは、こちらのカードを入れてお届けします。

2作目のバックづくり

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1日の小さな時間を継ぎ接ぎして、私用のニットバックを制作しました。 やはり作り出す前は、気に入ったバックを、方々探した上の末で、 結局のバック作りになりました。 1日20分〜30分程度編み進み、1ヶ月ほど掛かりました…か。 費用は、糸は10玉1,000円程度のセール品、持ち手は自宅にあったハギレ、 合計でも1,500円いくかどうかでしょうか。 初めてのニットバック作りでは、書籍通りに作り失敗をしたため、 今回2作目となる本作は、ほぼオリジナルです。 拘りは… ・バックを軽くするために、軽い糸を選ぶ ・頑丈にするために、糸2本取りの細編みにする ・気軽に洗えるように、持ち手は麻100パーセントの生地 ・身長に合わせたサイズと持ち手の高さ このように拘りを綴っていると、 バックづくりこそ、本人の身長や持ち方、服装に会う色彩などを考えると、 オリジナルに行き着くのは、当然なのだろうと思います。 完成後は使い込んでいたために、使用感たっぷりの表情が出ています。 持ち手は掴みやすいように、生地を2回捻って縫い付けています。 ミシンは一切使わず、生地の縁もやはり手縫いです。 手縫い用の糸は、切れづらいポリエステル100%を使用。

キャンドルづくりのホットライン

昨日、木芯に関する問合せを電話で頂戴しました。 木芯は他ショップから購入されましたが、 その木芯と大豆ワックスで制作したキャンドルの燃焼テスト最中で 炎の形状、不安定な大きさに悩んでいるご様子でした。 私は、実験方法の条件や炎の状態を伺いながら、 キャンドルは、使用する材料や品質が全て、 炎という化学変化に影響を与えることを踏まえ、 より正確な実験方法、木芯の適した扱い方法、 その他のワックス基材の種類と用途について 20分ほどの短い時間に、できる限り凡ゆる角度からお伝えしました。 その方には、耳が痛いこともお伝えしたかもしれませんし、 ものづくりに必要だと感じる「遠回り」をさせるかもしれませんが、 何が原因か?、どんな行為が原因なのか?の大凡の目ぼしい要因には 導けたのだろうと思います。 私が回答するときに大切にしていることは、 最終的に生み出すご自身自らが、気付き解決させることです。 全ての全容を知っているのはご自身だけであり、 電話では私に伝えきれていない事柄も、私のいづれかのワードをきっかけに、 自ら解決策が閃くこともあり、その瞬間を期待しています。 私はかねてから、ホットラインの重要性を感じ、 2014年発行の著書「 キャンドルワークス 」の巻末で、 著者プロフィールの下に、私のメールアドレスを記しました。 意に反しこの1年は、電話での問合せが多くなってきています。 私が行うレッスンの教材作品の作り方や他作家の作品などの 意匠(デザイン)に繋がる作り方の質問は受けられませんが、 主に研究しても分からないことには できる限り回答をしたく、正確に現状を伝えて欲しい所存です。 そのため、メール(または記録を明記したSNS)とさらに写真の添付を して頂くことがベストです。 ご返答は敏速ではない場合もありますが、誠実な返答に努めます。 michiko@pearlrose.com 最後に、著書「 キャンドルワークス 」で 最初に原稿が完成した頁で、読者へ最も伝えたいパラグラフを下記に引用します。 「 EPILOGUE キャンドルを1つ作るのはたやすいことかもしれません 簡単に仕上げることを最大の目的にしているなら それはすぐに達成するでしょう しかし、より簡単で安易に作るほど ...

私のしごと

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私は長年、相も変わらず、デザイン〜出力〜カットの全てに渡り、 あらゆるラベルやシール、カードを、1枚1枚作成しています。 1枚1枚作成しているということは、受け取る方おひとりおひとりに、 全てのデザインを変えることもでき、 これが究極の相手への誠実な行為だと感じます。 ただ、そこまでは出来ないものの、その目標は意識しながら、 せめて、箱(注文の荷物)を開けた時の、 小さなアクセントになればと、そう願っています。